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広島高等裁判所 昭和50年(う)240号 判決 1976年4月01日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中、原審の言渡した刑の残刑期に満つるまでの分をその刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人作成の控訴趣意書および弁護人高面治美作成の控訴補充趣意書(但し、同第一の「理由のくいちがい」の主張は、結局「本件ビルは人の看守する建造物にあたらない、この点原判決には法令の解釈適用の誤がある」、また、同第二については、「長屋巡査の職務質問の続行は違法な職務行為であり、かりにこれに対し被告人が暴行を加えたとしても公務執行妨害罪は成立しない。この点原判決には法令適用の誤がある」、という趣旨にそれぞれ訂正明確にしたうえ陳述)記載のとおりであり、これに対する答弁は、広島高等検察庁検察官高橋泰介作成の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

被告人の控訴趣意中、原判示第一(建造物侵入)についての法令適用の誤の主張について。

論旨は要するに、原判決はその第一で、被告人は、その所有者松丘実徳の実弟丸冨雄の看守する松丘ビルに故なく侵入したものと認めて、これが刑法一三〇条所定の建造物侵入罪にあたるものとしているが、しかし(一)、右ビルは、その所有者松丘も岡山に住んでいて月一〇日位しか広島市内所在の同ビルを訪れることなく、また、その実弟丸冨雄も管理していたといつても市内勤め先会社に行き帰りの際同ビルガレージに車を置いている関係で立寄る程度のことで、十分な管理はしてなく、もとより同ビルに立入禁止等の表示もなかつたところであるから、これらからして、右ビルはいまだ「人の看守する建造物」とはいえないところであり、また(二)、被告人は同ビルをこわしたり、同住人に迷惑をかけたりする目的で入つたものではなく、単に同ビル外側の階段をのぼつて屋上に上つたというにすぎないものであるから、「故なく侵入」したものともいえないところであり、これらの点、原判決には刑法一三〇条に関する解釈適用を誤つた違法があり、破棄を免れない、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録により検討してみるに、原判決挙示の各関係証拠によると、本件ビルは、広島市内の住宅、商店等人家の立ち並ぶ街路上の一角にある鉄筋コンクリート五階建の建物(延坪数約一二五坪)で、一階は車庫(車二台程度)と貸店舗(当時喫茶店スナツクゴール使用中)、二階は貸事務所(当時香東電機株式会社広島営業所使用中)とそのビル所有者松丘実徳の居室、三階以上五階までは各階二個宛全六個のアパート形式の各独立した住居で、現に右アパート部分は当時その一室を除き満室で、各室におおむね夫婦と子供一人位の世帯が居住し、その屋上は鉄柵で囲まれた二五坪程度のコンクリートの広場でありブランコ、物干台があつて子供の遊び場、また洗濯物干し場等に利用されている状況であり、また右事務所・居室さらに同屋上に上る階段通路は同ビル中央部に一か所あるのみで、道路に面するビル外側から二階に通じ、二階からビル内中央部を階段で各階および屋上に至るようになつており、屋上に入るところには前開きのドアが一つ設けられている状況であり、そしてさらに、同ビル所有者松丘実徳は当時税理士を営み岡山市にその事務所兼住所があつたが、広島市の本件ビルには仕事の関係で月一〇日位来てその際右ビル一室に泊り、同ビル住人らの苦情処理などにあたり、また同松丘のいないときは、同人の依頼で広島市内在住のその実弟丸冨雄が勤め先会社に行き帰りの際、車を同ビルガレージに置いている関係で同ビルに立寄り、兄の代りに住人らの苦情を聞いて兄に電話し、また、たまにはビル内屋上等も見て廻るなどしていた事実をうかがうことができる。

そこで、右事実関係を前提に前記論旨について考えてみるわけであるが、その前に、本件松丘ビルの性格について、それが果たして刑法一三〇条所定の「人の住居」「人の看守する建造物」等いずれに該当するかにつきまず職権をもつて勘考してみる必要がある。記録によると、原判決はその公訴事実の記載に応じ、右ビルをほぼ全体として「人の看守する建造物」として観念しているようにみられる。しかしこの点の判断は正当でない。

つまり、本件のごときビルは、たしかに建物としてはその構造および利用上相互に密接な関連を有し一個の建造物としての性格を有するが、その中味は、各種の独立した部分と、それに関連する共用部分とからなり、これを刑法一三〇条の客体としてみる場合必ずしも全体を一個の種別のものに分別して考えなければならない必然性はない。むしろ別異に解することに、たとえば「故なく」の判断などで十分実益のあるところである。このことからまず、本件松丘ビルのうち事務所・店舗・住居等でその構造および利用上異なる性格を有する各独立した専用部分は、特にその一方が他方に全く従属したとみられるような関係にある場合のほか、それぞれの性格に従い、「人の看守する建造物」「人の住居」などとして各別に判断すれば足るものと解される。そして次に問題の右共用部分とみられる同ビル階段通路および屋上等についてであるが、これらはまず、その構造および利用上これが右独立した部分のいずれに従属する性格のものであるかどうかの判断を前提に、さらに、元来「人の住居」と「人の看守する建造物」との区分につき、人の住居とは、それに従属するものも含め現にこれが人の日常生活の場として利用されていることから、さらに「人の看守」といつたことを必要とするまでもなく当然その管理、また平穏の確保といつたことが予定され、保護客体としての性格を具有するに至るとみられることによるものであるという観点から判別するのが相当であると考えられるところ、このような観点からすると、本件松丘ビルは一階と二階の一部を除くその余の同ビル大方は住居であり、現に多くの居住者があつて、各居室および屋上に至る同ビル唯一の階段通路は、前記事務所関係者のほかはほぼ大方右居住者およびその関係者によつて利用されているものと推知され、また右ビル屋上もほとんど専ら右居住者による利用が予定され、かつ現にほぼその家族の生活上の利便に供されているものと推知されるところで、これらからすると、右ビル階段通路および同屋上は、右住居部分に必要的に従属し、かつその居住者らによるその日常の生活での共同した事実上の監視、管理も当然予定されるところで、居住者の平穏を配意する必要も強く認められ、結局これらからして、本件松丘ビルのうち前記現に住居として利用されている各居室のほか、これに附属する右階段通路および同屋上も、右と一体をなして刑法一三〇条所定の「人の住居」にあたるものと解するのが相当であると考えられる。

そうだとすると、本件の場合は、もともと原判示のごとく右建物について「人の看守する」ことの有無につき勘考する必要はなかつたものといえるが、しかしこの点はかりに本件松丘ビルを刑法一三〇条所定の「人の看守する建造物」とみるとしても、右建物は同階段通路・屋上も含め全体としてその所有者松丘が自身またはその弟丸冨雄を介するなどして同建物を事実上監視、管理していたものとみられることは明らかで(もつとも原判決はその罪となるべき事実の摘示では弟丸冨雄が看守する建造物であるかのごとく判示しているが、丸冨雄は右所有者松丘の管理補助者とみるべきであり、ただこの点は他の説示をも含めると原判文からも同旨にうかがえないわけでもないところである。)、右通路・屋上につき、「人の看守する建造物」としての性格が重畳的に存在するものともみられなくもないところであり、結局この点の原判決の事実あるいは法律判断の誤はその訴因の関係も含め判決に影響を及ぼすことが明らかなものともいえないものといえる。

なお所論は、次に、被告人は右建物に「故なく侵入」したものではない旨主張しているが、この点は、以下の論旨に関連し詳述するとおりで、その目的、態様等に照らし「故なく侵入」したものであることは明らかなものといえるところである。

以上右論旨はいずれも理由がない。

被告人の控訴趣意中、原判示第二(公務執行妨害)についての事実誤認、法令適用の誤の主張について。

論旨は要するに、原判決はその第二で、被告人が警察官から職務質問を受けた際警察手帳を引張りながら体当りする暴行を加えてその職務の執行を妨害したと認めているが、被告人は警察官の職務質問に対し質問に答える必要がないと告げて明確に答弁を拒否しているわけで、原判決はこの事実を認めず、また、被告人が屋上から降りようとしているのを警察官が妨害するので肩と肩とが触れ合つた程度であり、また警察手帳を強く引張つたこともないのに原判決はこれらの点の判断を誤り、結局公務執行妨害罪の成立を認めている点、原判決には右事実の誤認があるか、刑法九五条一項に関する法令の解釈適用の誤があるものというべく、破棄を免れない、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を精査し当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、原判決挙示の各関係証拠によると、原判示第二の事実を認めるに十分で、他に右認定を左右するに足る証拠はない。所論は、被告人は警察官の質問に答弁を拒否し、また原判示のごとく暴行をしたことはないなどと主張し、公務執行妨害罪の成立を否定する。しかし原判決挙示の各関係証拠によると、次のような事実が認められ、被告人の原審供述記載中右認定に反する部分は措信しがたい。

つまり、当時広島西警察署防犯係勤務の広島県巡査長屋光政は、本件犯行一週間前である昭和四九年四月八日本件松丘ビル附近交差点で、いわゆる中核派と革マル派の内ゲバ乱斗事件があつて多数の逮捕者が出たりし、右松丘ビルを含む附近一帯の住人を騒然とさせた事件があつたことから、本件当日である同月一五日午后四時半ころ同僚の警察官二名と計三名で、右松丘ビル附近に右内ゲバ事件の聞込み捜査および同事件に関連する犯罪予防のため赴き、右長屋巡査のみ松丘ビル前で他の二名と別れて一人同ビル階段を上つてその二階事務所から五階に向い各階居室を訪れ、右聞込みのため各居住者らを尋ねたが、結局右事務所のほか誰も留守であつたため、同五階から下に降りようとした際、さらに屋上のあることに気づき誰かいるのではと思つて同屋上に至つたが、そこで偶々前記内ゲバ事件で負傷した革マル所属の一人が入院しているという附近土谷病院の方を見ようとした際、同ビル屋上北東側に右土谷病院に向つた形でダンボール箱が一つあり、そのうえに赤いコタツ敷カーペツトがそのダンボールを覆うようにかけてあるのに気づき、その様態がいかにも不審であるため、そのダンボール箱に近づき中を確かめようとしたところ、ダンボール箱の左横が空いていてカサツと音がし、誰かいる様子であつたため、前かがみで箱の中をみるとカメラ(望遠レンズ付)を土谷病院の方に向けフアインダーをのぞいている被告人を発見するに至つた。長屋巡査としては非常な不審感をもち、直ちに同被告人に、何をしているのか、出て来なさい、君は誰か、何しにここへ上つているのか、誰に断つて上つているのか等と再三質問を繰り返し、やがて右ダンボール箱から右カメラなどを入れた紙袋を左手に持ち出て来た被告人と五〇センチメートルくらいの間隔で相対峙し、被告人が階段に向い逃げようとするのをその前面に立ちふさがつて二、三メートル移動し、前記質問を引続き繰り返したが、被告人が家主に断つたと答えたのに長屋巡査は最前屋上に来る途中、ビル所有者松丘の不在を確かめていたことから家主にいつ断つたなどと押問答をし、さらに被告人は、何の権利があつてするのか、警察手帳を見せ、というので、長屋巡査はその右内ポケツトから左手で警察手帳をとり出して五〇センチメートルくらい前に相対峙する被告人にその表紙一枚をはぐつて見せ、長屋巡査が同手帳の上半分を握り被告人が下半分の一部を強く握つている状態で瞬時向き合つているうち、突嗟に被告人は階段の方に目を向けて逃げるべくそのすぐ前面に立ちふさがる長屋巡査に、右警察手帳を握つたままの状態で、かなり強くその右肩附近を右長屋巡査の右肩に体当りさせ、そのひるむすきに走り逃げようとしたが、同巡査がすかさず背後から被告人のベルトをつかみ、直ちに建造物侵入と公務執行妨害で逮捕する旨告げたうえ、右逮捕に着手するとともになおも逃げようとする被告人の背後についてたがいにもつれるようにして階段を降り、二階附近に至つて大声で当初一緒に来た同僚の警察官二名を呼び、間もなくかけつけた同警察官らと同ビル階段を降りた一階附近で同日午后五時一〇分ころ右逮捕を完了するに至つたものである。

そして、前記各関係証拠によると、右につき被告人が果たしていつことから右松丘ビル屋上に上つたものかは詳らかでないが、被告人が当時右土谷病院に入院している革マル派の負傷者と相対立する中核派に所属するものであることはその原審供述記載に照らし明らかなものであるところ、これに右認定事実を合わせ勘案すると、被告人は、前記革マルと中核との抗争乱斗に関連し、当時右土谷病院に入院する革マル派所属の負傷者およびそのもとに出入りする関係者らの動静をうかがうべく、かなり前から望遠レンズ付カメラを携行し、また周囲に気づかれないようにするため前記ダンボール箱などを持つて本件ビル屋上に至り、右土谷病院入院者の動静等撮影をなしていたものであると推知するに十分で、このことはさらに記録中の原審証人西川則康、同堀川完治の各供述記載に照らしても十分裏付けられるところであり、そしてさらに、被告人が右ビル所有者、管理人、居住者らの何らの許諾をもえていないことは原判決挙示の各関係証拠に照らし容易に肯認しうるところであるうえ、右のような目的での本件ビル屋上への立入りがとうてい右所有者、管理者らの承諾をえられる性質のものでないことも勿論、却つて同居住者らに多くの不安、困惑、動揺を与え、その生活の平穏を害する類のものであることも明らかなものといえるから、これらからしてまず、被告人の本件ビル屋上への立入りが「故なく侵入」したものとみられることはなんら問題のないところであるといえる。そしてまた、さらに、長屋巡査としても、当時の被告人の挙動、その場および周囲の状況等からして被告人につき建造物侵入等なんらかの犯罪を犯しているのではないかと強い疑をもつに至つたこともむしろ当然のことで、まず警察官職務執行法二条一項所定の職務質問をなすことの許される場合であることは勿論、これに対し被告人が答える必要がないといつたかどうかは証拠上明らかでないが、この点かりに答弁を拒否している態度が明らかな状況であつたとしても、前記諸事情の下では、警察官としてはむしろそのままたやすく放置することこそ許されず、数度に亘つてでもその職務質問を繰り返すべきであり、その際被告人が逃げようとする行為に出た場合、警察官として、単に口頭でその停止を求めうるのみならず、その前に立ちふさがつて被告人を事実上停止させ職務質問を繰り返えす程度のことは、本件のごとくわずか数メートルの間のことで、しかも原審証人長屋光政の供述記載により明らかなとおり、二、三分のことである限り許される範囲内のものと解され、この場合、被告人として強いて答弁する必要のないことはいうまでもないところではあるが、その答弁の有無、態度、内容が右建造物侵入の嫌疑を強く左右するものであり、答弁があいまい、または不合理といつたことが現行犯逮捕にまで発展する可能性を強く裏づけるものともみられることから、右警察官の職務質問がかなり強い形で許容される結果となるのもやむをえないものと解される。そしてさらにその後、警察手帳を手で引張つたという点も、被告人として積極的に警察手帳を引き破る意図であつたともいえないとしても、逃げるための突嗟の挙動をとるために、警察手帳を強く握つているままの状態で、しかもこのことは十分意識して前記のとおり体当りに至つたものであることは明らかであるといえるから、結局この点は、原判決の警察手帳を引張りながら体当りしたとみることも十分首肯しうるものというべく、そしてこの体当りも、被告人がいうように単に肩と肩とが触れ合つたという程度にとどまらず、原審証人長屋光政の供述記載によると相手方が後によろめき一八〇度転回する程のものであつたことがうかがえるわけで、これは明らかに積極的、攻撃的な挙動であり、これらを全体としてみた場合公務執行妨害罪における暴行とみるになんら問題のないところである。

かように、原判示第二の事実につき、原判決には、まず所論のごときなんら事実誤認はないのみか、その警察官の職務執行の適法性、公務執行妨害罪における暴行の性質等の面で、なんら所論のごとき刑法九五条一項の解釈、適用についての誤もない。論旨は理由がない。

被告人の控訴趣意中、量刑不当の主張について。

論旨は要するに、原判決の量刑重きにすぎ不当である、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、本件は、被告人が当時いわゆる中核派に所属する一員であつたところ、本件一週間前ころ松丘ビル附近でいわゆる中核派と革マル派との内ゲバ乱斗事件があつてその革マル派の負傷者一名が右松丘ビル前の土谷病院に入院していたことから、革マル派の動静探知のため望遠レンズ付カメラ等を携行して現に多くの世帯が居住する右松丘ビル屋上に立入り故なく侵入するとともに、同屋上で偶々右内ゲバ事件の聞込み捜査等で赴いていた警察官の職務質問に遭い、これに体当りの暴行を加えてその職務の執行を妨害したというものであり、その犯行の経緯、動機、目的、態様等に照らすとき被告人の罪責は必ずしも軽視しがたいものというべく、そのうえ、被告人には本件につきいまだに微塵の反省の態度もうかがえないことなどを合わせ考量するとき、被告人には今まで刑事上の処罰を受けた前歴は全くなく、現に愛媛大学の学生であつて勉学の意欲もうかがえること、その他所論の首肯しうる被告人に有利な諸事情を十分斟酌しても原判決の量刑はやむをえないところで、重きにすぎ不当であるとも認めがたい。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却し、刑法二一条を適用して当審における未決勾留日数中、原審の言い渡した刑の残刑期に満つるまでの分をその刑に算入し、当審における訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書によりその全部を被告人に負担させないこととして主文のとおり判決する。

(高橋文恵 渡辺伸平 原田三郎)

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